西洋城下で昼食&世界遺産・姫路城探訪 …B670 久美の浜温泉の旅(4)

かにはん
2日目は、みなと悠悠に迎えに来たバスに乗って、少し走ると最初の土産物購入先の「かにはん(みなと悠悠と同系列)」に立ち寄りとなります。

名前の通り、冬場は沢山のズワイガニで盛況ですが、今頃の季節(カニのオフシーズン)になると、向かって右端の(かにはんの赤文字の)建物で、「紅ズワイガニ」が、6月初旬くらいまで売っています。


店内1でも、カニ以外のこの地の特産物は多く、そのお隣(写真真ん中の建物)に、ずらっと揃っているので、ご安心ください。

※店内で「かにしゅうまい」を蒸し上げて、試食をさせてくれているので遠慮なく味見をしましょう(かにがしっかり入ってます)。


その奥の店内さらに奥(最初の写真の左側建物)には、このように「地酒」や「菓子類」などが、豊富に並んでいます。

また、お菓子類については、同じ敷地内の別棟「御菓子司 あん」に、和菓子が揃っているのでそちらも覗いてみられてはいかがでしょう。


昼食会場・太陽公園「かにはん」で、たっぷりお買物をした(?)後、バスは一気に、日本海側から瀬戸内海側の姫路市に向かって、「播但有料道路」を南下します。

2日目行程のお楽しみ、昼食会場は白鷺城ならぬ「白鳥城」というドイツの古城をモチーフにしたお城のある、太陽公園内の「ウエルカムハウス・スワン」という、趣ある建物です。
(※写真の門の向こうに見える赤レンガの建物)


ウエルカムハウス・スワン内部右側中に入ると、このような“迎賓館風”の館内が広がっています。

写真奥の、アーチ窓の方は「手づくりパン屋」のコーナーになっています。


2階昼食会場2階に上がると、このようなレストランで、こちらがお待ちかねの昼食会場になっています。


スワン昼食こちらが、今回のハニットアゼリアツアーの美味しい昼食です。

手前の四角な前菜皿は、「スペインオムレツ・菜の花ニシン・貝サラダ」で、
真ん中のお皿は「姫路グルメポーク・桃色吐息」のローストポーク(大変美味❤)です。

そのほか、お刺身も天ぷらも、茶わん蒸しも、いけてます。
※季節によりメニュー内容は変更されるようですが、どうぞご期待下さい。


1階左側土産物売場お食事が済んだら、1階の土産物売場に行ってみましょう。

時間があれば、外の世界の民族衣装が見られるミニハウスを覗くのも良いでしょう。

残念ながら、気になるドイツの古城(入場料別途)には時間が足りないと思いますが…。


姫路城大天守、小天守さて、いよいよ本命目的地「姫路城」に、バスは移動します。

世界遺産のお城として有名な姫路城は、平成の大修理(2009年6月―2015年3月完了)で、築城当時の漆喰の白さが再現されて、「白鷺城」の名の通りと言われていましたが、大分落ち着いてきたようです。(お天気が影響しますが)

昔のままというお城の規模の壮大さは、この天守閣にたどり着くまでの大変さで、はっきり知ることができる(笑)でしょう。


西の丸長廊下入城口の「菱の門」から入って、「三国堀」から見える本丸天守閣を眺め、写真を撮ったら「西の丸」に向かいます。

「西の丸」は、かの家康の娘であり豊臣秀頼の正室だった悲劇のお姫様が、本多忠刻(タダトキ)と再婚して住んだお城です。

この長廊下(百間廊下)に小さな部屋(長局)が幾つもあって、下足を入れたビニール袋を下げて、スリッパで歩いていると、今の世の有難味が分かります。


場内移動中西の丸で、廊下と階段上り下りをした後に、控えているのが本丸までの長~い道のりです。

こうして、なかなか本丸が見えてこないのは、「螺旋式縄張り」という攻め込んで来た敵兵を疲れさせるための築城法だからなのです。

また、姫路城内には、要所要所にスマホに対応した「AR(オーグメンテッドリアリティ)」ポイントがあって、現実の景色に当時を再現した絵を被せて見せてくれています。(無料の専用アプリ導入が必要)


)姥が石のエピソードそのほか、様々な場所に、こうしたエピソード(老婆が使っていた石臼を差し出して築城に協力した話)などが、説明されているので、歴女、歴男の皆さまにはお見逃しのないように。


本丸大天守に接近そんなこんなで、せっせと歩いているうちに、どうやら目指す本丸が近くなったようです。

しかし、こうした巨大な建築物の中を歩くと、人間の小ささ、歴史の大きさが身に染みるような…。

この苦労があってこそ、先にご覧に入れた立派な本丸の「大天守」と「乾小天守」の姿が、心に響く訳です。
(昔、このお城に勤務していた家臣の皆さんも、こんな風にこの景色を見ていたのかと思うと感無量ですね)


本丸天守閣内部これで終わり、ではなく、ここまで来たら天守閣に入らないと、ということで再び下足をビニール袋に入れて、内部へ。

西の丸より広めで、展示物が多いのが本丸です。

歴史好きの方は、あっち見たりこっち見たりで忙しく、かつ五層六階という階段の多さと、観光客の多さで、大変ですよ~(笑)。

◆このバス旅に参加してみたい方は、こちらへどうぞ↓
B670 久美の浜温泉 [みなと悠悠]宿泊

1日目の観光は「生野銀山」又は「竹田城」 …B670 久美の浜温泉の旅(1)

生野銀山の入場門
今回のハニットアゼリアツアーは、宿泊先に日本海側の京都府丹後の久美浜温泉「みなと悠悠」を選び、往路の1日目に兵庫県朝来(アサゴ)市の「海鮮せんべい但馬」を起点として、1200年の歴史を誇る「生野銀山」若しくは、天空の城として名高い「竹田城」のいずれかを訪ねる旅になっています。

写真は、生野銀山見学組がバスで訪問する、約1200年前に発見され、室町時代に竹田城を堅固な城にした財源として銀を多産した「生野銀山」の入場門です。


銀鉱石こちらは、入場門を入るとすぐ、左手にある「鉱山資料館」の「銀鉱石」の展示標本です。

銀山と言っても、銀がそのまま採掘できる訳でなく、こうした地味な鉱石から精錬されるものなのですが、でも銀鉱石って書いてあると、ありがた~い感じ、しますねぇ。

資料館の中には、生野銀山の歴史資料、生野鉱山の坑道模型などが展示されていますが、この後の坑道見学で、かなり時間を取られますので、取りあえずざっと見るくらいにして、興味のある方は帰りがけに見学が、よろしいかと。


坑道の入口と出口さて「鉱山資料館」と、その向かいにある「吹屋資料館(=江戸時代の銀精錬所)」の次に見えてくるのが、観光「坑道入口」と赤い橋の奥に見える「坑道出口」です。

また、白く見える滝が流れ落ちている川「大谷川」も見えています。


坑道入口その坑道の入口がこちら。夏でも中は一定温度で、涼しいんですよ。

ここは、鉄製の枠組みになっていますが、じきに岩肌も荒々しい銀鉱山らしい坑道に変わります。


江戸時代の採状景やがて、坑道の様々な場所に、こうした往時を偲ばせる等身大の再現模型が設置されています。

ちなみに、この模型は江戸初期の、排水坑を手掘りしている「樋引(ヒビキ)人足」です。

このほか、江戸時代の掘削人夫が這進んだ「狸堀(タヌキボリ)」という狭い穴、それ以降の明治になって近代化された坑道や、昭和になっての坑道などが次々と現れます。


みやげもの売店ぐる~っと坑道を巡って、出口から地上に出ると、30分ほど見学してきただけなのに、胸がす~っとします。

入って来たときにあった「鉱山資料館(※展示品の中の、明治政府に招聘されたフランス人技師コアニェを斡旋したのが「あさが来た」の五代様だとか)」と「吹屋資料館」の間を通って最初の入場口に戻ると、この「おみやげ館」があります。


おみやげ館店内館内は、写真の坑道内で熟成された日本酒やワインを始め、金色・銀色の土産物がいっぱい並んでいます。

色だけでも、金や銀ってリッチ気分になるものですもんね。


竹田城組のタクシーの駐車場お話変わって、こちらは「竹田城組」が、「海鮮せんべい但馬」から、タクシーに分乗して到着した竹田城タクシー乗降所。

ここからは、20分ほどの軽い勾配の山道散歩になります。


坂道、もうすぐ入城チェック所こんな穏やかな坂道を、タクシー乗降所から大手門跡(入城チェック所)まで約700mほど登ります。


石垣登場大手門跡からは、割に険しい石段になり、少し上ると、こんな風にお待ちかねの「野面積みの石垣」が見えてきます。

石段は、かなり凸凹していますが、観光登山客の足元を労わるようにフェルトカバーが施されていて、結構助かります。


北千畳から本丸、天守台を望むこれは、最初の到達ポイント「北千畳」という開けたところから眺めた「本丸・天守台」です。

天空の城、として有名な「竹田城」は、その縄張り規模が南北400m、東西100mという日本屈指の規模で、それが標高353.7mの山頂に広がる様は、さすがに素晴らしいものだと、ここを訪ねた人は思うでしょう。


天守台こちらが、当面のゴール地点「天守台」です。

以前は、石段だけで上り下りが大変でしたが、今はこのように木の階段が設置されているので安心です。

上に登って、360度の正真正銘の大パノラマを満喫してください。


天守台を南千畳から望む天守台からの展望を楽しんだ後、道順に従って帰路に着いて、「南千畳」から「本丸・天守台」を振り返ったところです。

城の建物の無い石垣で構成された景色が、いかにも天空の城にふさわしく見える場所でしょうか。

この後、生野銀山組、竹田城組が「海鮮えびせん但馬」に集合してから、今宵のお宿「久美の浜温泉・みなと悠悠」を目指します。

◆このバス旅に参加してみたい方は、こちらへどうぞ↓
B670 久美の浜温泉 [みなと悠悠]宿泊

日本初の世界遺産、美しい姫路城はとにかく広い!

姫路城 | 月曜日 5月 25 2015 4:55 PM | Tags: , ,

三の丸広場から見る姫路城
他のお城に比べ、城郭全体がしっかり残っている姫路城は、とにかく広いのです。

写真は、バスを降りて、最初にくぐった「大手門」から先に展開する景色で「三の丸広場」と呼ばれる場所から天守閣方面を眺めたものです。

撮影時期が、平成の大修理前(2008年4月2日)のもので、現在は白鷺城の名の通りの真っ白に変わっていますが、これでも十分「白鷺」ですね。


桜門橋から天守閣遠望ちょっと時計の針を戻すと、城内に渡るこの「桜門橋」の先に「大手門」があり、遠くに「天守閣」が小さく見える、姫路城観光のスタート地点になります。

ここから先は、左にある「検索窓」に『姫路城』と検索文字を入れて出てくる、B557の姫路城観光ブログを補完する形で、城内をご案内しましょう。


菱の門大手門をくぐり、最初の「三の丸広場」(ここは記念写真スポットです)を過ぎると、やがてこの重厚な「菱の門」が見えてきます。

そしてここから先が、本格的な城内探訪となります。


城内図まずは、城内図をよく見てみましょう。

この城内図は、城内をぐるっと一周して、天守閣を見学した後に出て来る「備前丸(城主・池田輝政と家康の娘・督姫の子・忠継が住んだ本丸御殿)」跡地に立つ案内板です。

姫路城の特徴である「螺旋式縄張り(=攻め込んだ敵兵は城内をぐるぐる回らざるを得ない構造)」がよく分かります。

私たちも往時と同じく、「菱の門」→「三国堀」→「西の丸」→結構歩いて→「天守閣」、と辿ります。


千姫がよく利用した「化粧櫓」さて、最初に中を見学する「西の丸」については、B557の姫路城観光ブログをご覧頂くとして、長い廊下と長局と「化粧櫓」からなる「西の丸」には、徳川に滅ぼされた豊臣秀頼の妻であり、家康の娘でもある「千姫」の物語があります。

落城した大阪城から救い出された千姫は、この姫路城で「本多忠刻」と十年ほど暮らしたと言います。


西の丸から移動中その西の丸から出て、こんな高い石垣の間の道を、ずんずん歩きます。

それにしても、この城に攻め込んだ敵兵ばかりか、通常勤務していた方がも、圧迫感を感じたのではと、思ってしまうような道のりではあります。

でも、この構えあってか、一度も戦いに巻き込まれたことの無い姫路城は「不戦不焼の城」とも呼ばれ、城郭のフルセットが今に残ったという、大変運の強いお城なのです。


ここから天守閣に入ります天守閣までの道中に、このお城が14世紀の半ばに誕生してから、幾多の城主を迎えた歴史の数々があり、その先に天守閣(石垣14.85mの上に、高さ31.5m)が、圧倒的にそびえる姿を仰ぎ見ることになります。
※広場に対して、天守閣が大きいので、記念写真を撮るのがなかなか大変です。

この写真は、広場の記念写真後、天守閣内部への入口のある「小天守」側を撮っています。


天守閣内部こちらも「西の丸」の見学と同じで、入口で渡してくれるビニール袋に各自履物を入れての、靴下裸足での見学になります。

長局や廊下をひたすら歩いた「西の丸」と比べ、武具や掛け軸、往時の書き物など展示品が多く、本格的に歴史のお好きな方は、時間が足りないと思われるでしょうね。


天守閣から街を見下ろす折角「天守閣(大天守)」に登ったのですから、民の住む下界を見てみましょう(笑)。

天守閣と石垣の高さ+姫路城が建っている「姫山(海抜45.6m)」も加わって、こんな景色が見られます。


天守閣から出たところそして、ぐるりと中を見学して天守閣の外に出ました。

出口も入口とほぼ同じ「小天守」側です。

この先に、有名な怪談・番町皿屋敷の「お菊の井戸」もあります。また、天守閣には「宮本武蔵の妖怪退治」の話もあるという、今も歴史が息づいているのが姫路城です。


リニューアル姫路城 小上の写真と似た角度からの、現在の「平成の大修理後の姫路城」です、ご参考まで。

(その昔、池田輝政公が完成させた姫路城もこんなに白かったのでしょうか)


姫路城迎賓館(お茶席)最後に、ああ、疲れた~、となった方に、菱の門の外にある「姫路城迎賓館」の、お抹茶(薄茶+和菓子で撮影時350円でした)などはいかがでしょうか。

時代物の余韻を壊さず、一服できるのが良いのです。

◆平成の大修理後のホワイト姫路城の写真以外は、2008年4月2日撮影です。