善光寺を拝観

善光寺 | 水曜日 4月 1 2015 12:04 PM | Tags: ,

仁王門の 仁王様
善光寺にお参りするなら、まずは「仁王門」に詰めていらっしゃる仁王様を訪ねましょう。

仁王像と、背後の三宝荒神・三面大黒天は全て高村光雲と弟子の米原雲海の作で、その原型は「善光寺史料館」に展示されています。


善光寺さんのHPより

善光寺さんのHPより


こちらが、主な建造物を示した「境内図」です。

下の方にある「仁王門」から参拝するのが、従来のコースですが、観光バスの場合(乗用車でも)駐車場からの参拝になるので、この図の途中からになることが、多々あります。


仁王門それでも、時間が許す限り「仁王門」の拝観を忘れたくないものです。

「仁王門」は、宝暦二年(1752年)に建立されたものですが、現在の門は二度焼失後、大正七年に再建されたものです。


仲見世通り 奥に山門が見えます仁王門から「山門」まで、参道の両脇に並ぶお土産物屋さん。

これが「仲見世通り」で、修学旅行の学生さんや、私たちのような観光客、地元の参拝客などで大いに賑わっています。


名物みそまんじゅう、七味、かんずり名物の「七味唐辛子」や「かんずり(雪に晒した唐辛子・黄柚子・米糀・塩を混ぜ合わせ熟成・醗酵させた妙高市・かんずり社の商品)」

「みそまんじゅう」などがお土産として有名です。


ぬれ仏((延命地蔵)と六地蔵仲見世を過ぎて、境内に入ると参道の右に見えてくるのが「六地蔵」とちょっと離れて「ぬれ地蔵」です。

左の大きなお地蔵様(延命地蔵)が、江戸の大火を出したことで有名な八百屋お七の霊を慰めたという伝承から「八百屋お七のぬれ仏」と呼ばれるお地蔵様です。

また、木の陰で全部は見えませんが、右に並ぶのが「六地蔵」で、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六つの世界で我々を救うと云われる菩薩様たちです。


大勧進ぬれ仏の反対側の、参道左の池に架かる橋の奥が「大勧進(ダイカンジン)」です。

「大勧進」には、本堂の万善堂の他、無量寿殿・不動堂・地蔵八角円堂・紫雲閣・宝物殿・僧侶が修行をする聖天堂などがあります。

大勧進の住職は貫主(カンス)と呼ばれ、大本願の上人(ショウニン)と共に善光寺の住職を兼ねています。


山門(又は、三門)次にあるのが「山門」です。

山門の楼上には、輪王寺宮筆の「善光寺」と書かれた額が掲げられています。

通称「鳩字の額」と呼ばれており、三文字の中に鳩が5羽隠されているということです。

この門の建立は、寛延三年(1750年)で、平成の大修理(H14-19年)によりサワラ葺きの往時の美しさを取り戻しています。


山門拝観入口500円「山門二階」に、こちらから上がることができます。(拝観料500円)

内部には、山門本尊の文殊菩薩像、四方を守護する四天王像、色鮮やかに修復された仏間の障壁画、四国八十八ヶ所霊場御分身仏などが拝観できます。


経蔵本堂手前左側にある「経蔵」は、宝暦九年(1759年)に建立された宝形造りのお堂で、内部中央には八角の輪蔵があり、その中に仏教経典を網羅した『一切経』が収められています。

輪蔵に付属している腕木を押し回すことでこの『一切経』を全て読んだと同じ功徳が得られるといわれていましたが、残念ながら現在は老朽化で中に入ることができません。


2009年御開帳時の本堂「信州長野善光寺」は一光三尊阿弥陀如来が御本尊の、創建約1400年の大変著名なお寺です。

その名は、奈良時代の本田善光という人物が、廃仏派の物部氏により打ち捨てられた阿弥陀如来像を信州にお連れした功績から名付けられたと言います。

「本堂」は、創建以来十数回もの火災に遭い、そのたびに復興され、現在の本堂は、宝永四年(1707年)の再建によるものです。

御開帳時に建つ木柱を「回向柱」と言い、奥の本堂のご本尊と紐でつながって、参拝を受けています。
※写真は前回2009年の御開帳時の本堂です。


日本忠霊殿本堂のわきの小路を入ると、三重塔が木立の向こうにちらりと見えます。

この三重塔は「日本忠霊殿」と云い、戊辰戦争から第二次世界大戦に至るまでに亡くなられた240万余柱の英霊を祀る、我が国唯一の仏式の霊廟です。

また、1階が善光寺所蔵の什物を展示する「善光寺史料館」になっていて、仁王門の仏像の原型もここに所蔵されています。

ここまで来るのに、結構時間がかかるので、バスの集合時刻にご注意ください。さらに奥にある「雲上殿」の参拝は、今回はあきらめた方がよさそうです。

◆撮影…2013年4月26日