東京スカイツリーとソラマチ、浅草寺と仲見世 …B440 水郷潮来の旅(4)

B440 水郷潮来 | 水曜日 7月 25 2012 6:54 PM |

スカイツリー天望デッキから東京を見下ろす
水郷潮来から再び東関東自動車道を使って、東京スカイツリーへ。
今回のハニットアゼリアツアーの大きな目的地がついに目の前に。
とっても早いエレベータで辿りついた天望デッキから見える、東京はさすがに広くて、ビル、ビル、ビル…です。


東京スカイツリー武蔵の国にかけて634mだとか、この景観は何度もテレビで見ました。
でも、本当にこんな風に下から見上げると、でかいです、高いです。
見に来ているみんなが、期待通りに驚けるところなんて、そんなにはありませんよね。


天望デッキ350天望デッキのこの曲線がまた良いのです。
地上350mにエレベータで着いて、まず景色を楽しむか、さらに上の「天望回廊・地上450m(別途料金1000円)」を目指すのなら、先にチケットカウンターに並んだ方がよいでしょう。
天望デッキそのものも、3層になっていて350mから345m、340mと、ぐるぐる歩いて下りていくようになっています。
人気の足元が見えるガラス窓は一番下の340mの階にあります。


2Fフードマーケットを3Fから見下ろすさて、スカイツリーから東京展望をした後、下界に下りてスカイツリータウンでフリータイムです。
ここでは、ガイドさんが配ってくれた「フロアガイド」が頼りです。
よく聞く「ソラマチ商店街」は1階の「イーストヤード」です。2階3階のイーストヤードはファッションフロアで、
写真の「フードマーケット」は2階の「ウエストヤード」になります。


「リラックマストア」例えば、この写真は「ウエストヤード」3階にある「リラックマストア」です。
先ほどの「フードマーケット」が食品売り場なのに対して、こちらは物販フロアになっています。
このスカイツリータウンでしか買えないものもあるので、お好きなジャンルを選ばなければなりません。
全体的に、大きなデパートのフロアを歩いている感じです。


6、7Fダイニングフロアの案内パネルこのスカイツリータウンで、自由昼食になっているので、お食事処を探す訳ですが、実際には困らない(選ぶのに困る?)くらい飲食店は数多くあります。
が、どこにでも出店しているチェーン店も多いので、どうせなら滅多に行けないお店を探しましょう。
3階の「ソラマチタベテラス」もお気軽な場所ですが、この写真の6階、7階の「ソラマチダイニング」や、いっそ30階、31階にある「ソラマチダイニング スカイツリービュー」にある、高級(?)飲食店でのお食事も、思い出になって良いかも知れませんネ。

※いずれにせよ、限られたスペースでは紹介し尽せませんので、この「バス旅ガイド」の別のスカイツリー旅の紹介ブログも参考にして下さい。


「二天門」から浅草寺境内に
さあ、スカイツリーの部が終わると、バスは比較的近くにある浅草「浅草寺」に移動します。
浅草寺の雷門前はバスの停車が出来ないため、この「二天門」から見学となります。
「二天門」は、元和4年(1618年)に浅草寺境内に造営された「東照宮」の「随身門(ズイジンモン)」として建立されたもので、俗に「矢大神門(ヤダイジンモン)」ともいわれていました。
その後、寛永19年(1642年)に東照宮が焼失し、この門と石橋(シャッキョウ)だけが残ったと言われています。


本堂と五重塔二天門から境内に入ると、本堂の脇から入ったことになります。
写真の「本堂(観音堂)」は、昭和33年(1958年)10月に再建された鉄筋コンクリート製のもので、三代将軍家光が建立した旧本堂(昭和20年戦災で焼失)と、ほぼ同形態(やや大きい)になっています。
また、左端に見えている「五重塔」も同じく戦災で焼けて、鉄筋コンクリートで再建されたものです。


宝蔵門浅草寺の山門である「宝蔵門」も、戦災で焼失したものをホテルニューオータニ創業者の大谷米太郎氏の寄進で、昭和39年(1964年)に再建されたもの。
宝蔵門の「大わらじ」は仁王様が履くものとされ、高さ 4.5m・幅 1.5m、重さ 500kg、藁 2500kg使用。山形県村山市有志より平成20年(2008年)10月に奉納(昭和16年以来、7回目)されたものです。


仲見世仲見世には東側に54店、西側に35店、合計89店の店舗があり、長さは約250mあり、外国人観光客を意識した店の土産物の品揃えは、私たち日本人観光客にもなにやらエキゾチックな印象を与えてくれます。
特に食べ物系の土産がお奨めですが、なかでも雷門に近い「舟和」の芋ようかんは、ガイドさんのお奨めです。
(※ガイドさんによっては違う好みかも…?)
また「浅草きびだんご あづま」の看板娘は、目の保養(こちらも好みの問題…笑)になるかも、です。


雷門こちらが、通常なら入口になるチョー有名な「雷門」です。
この「雷門」は、昭和35年(1865年)に松下幸之助氏の寄進で再建された鉄筋コンクリート製のもので、浅草寺の総門として有名な門です。

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B440 水郷潮来

霞ヶ浦の幸でいっぱいの晩餐に舌鼓 …B440 水郷潮来の旅(3)

B440 水郷潮来 | 月曜日 7月 23 2012 12:14 PM |

夕食フルセット
観光旅館の夕食は、板長さんの創造力の絞りどころです。
潮来ホテルの夕食が目の前に並んだとき、水郷に来ているんだなぁ…、と感じられるでしょう。
それほど、お料理にこの地ならではの食材が使われています。


夕食会場
こちらがお待ちかねの夕食会場です。
夕食会場に案内されて、今夜の御馳走を眺めてそこに、これまであまり食べたことがないお料理があったときの喜び、ってありますよね。


鯉の旨煮(甘煮)そのトップバッターがこれです。
「鯉の甘煮」。
水郷潮来は「霞ヶ浦」そのものと云え、その霞ヶ浦は、湖面積220.0km²の日本第2位の湖ですが、西浦・北浦・外浪逆浦(ソトナサカウラ)に、潮来ホテルの目の前の常陸利根川を足した水域の総称なのです。
主な水産物に、上の写真に並んでいる「シラウオ」「ワカサギ(これは冬に)」、そしてこの「鯉」。
長野でも鯉こくや、洗いはありますが、この「鯉の旨煮(甘煮)」はなかなか珍しくこってり煮込まれ、
輪切りにされた胴の真ん中に盛ってある「肝」が、大変美味しい珍味です。
鯉旨煮(甘煮)は、鯛のあら煮と似た味わいですが、身の噛み心地がもう少ししんねりした歯応えで、そのまま調理されているウロコ(もちろん食べられます)のジャミジャミした食感が面白いです。


天ぷら旅館料理の大定番「天ぷら」も、川エビのかき揚げや、蓮根がさくさくで美味です。


ホワイトチキン陶板焼きこちらは霞ヶ浦とは関係ありませんが「ホワイトチキンの陶板焼き」。玉ねぎ、茄子、ネギ味噌、にら、とあっさり胸肉をバターで焼いたもの。
甘めのネギ味噌と、にらとチキンのバランスが最高。香りと隠し味の唐辛子が食欲を誘いますよ!


シラウオの柳川鍋極めつけはこちらの「白魚の柳川鍋」。
最初の写真、左上の鍋に卵を溶き入れて煮立てると、こんな風に出来上がります。
こちらもあっさりした、上品な水郷潮来のお味を満喫させてくれます。


お土産コーナー
お腹一杯、水郷料理を頂いて、満足満足。
夕食が終わって、館内をぶらつく気分がいいですよね。
お腹が一杯になって、なんにもすることがないって、ホントこれこそ旅気分。そして、お土産物を眺めたり、


ラウンジラウンジで寛がれる方、


夜の散歩、あやめ園から潮来ホテルを見るあるいは、夜の散歩にお出かけの方…それぞれの夜が更けていきます。


朝食会場
とかなんとか言っているうちに、夜は明け、
人によっては朝湯に入り、三々五々、朝食会場「平安の間」に集まって、


和風朝食純和風の朝食を頂きます。
湯豆腐、鮭塩焼き、海苔、納豆、卵焼きと、オーソドックスな日本の朝飯は、ついついお代わりの手が伸びてしまいます。
さあ、2日目は待望の東京スカイツリーです。お楽しみお楽しみ…!

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B440 水郷潮来

水郷潮来の全てを味わえる潮来ホテル …B440 水郷潮来の旅(2)

B440 水郷潮来 | 水曜日 7月 18 2012 10:31 AM |

潮来ホテル
小江戸・佐原の街中散策でちょっぴり疲れた我々を乗せたバスは、まだ陽のあるうちに水郷潮来の代表格のお宿「潮来ホテル」に到着します。
ホテルの横に見える大河は「常陸利根川(北利根川)」です。


玄関からロビー、ラウンジを臨む
玄関から入って右側のロビー、ラウンジをみたところです。


4人用の部屋皆、それぞれのお部屋に通され、まずは一息。
窓の外には、ホテルの前に広がっている「潮来あやめ園」と「前川」がよく見えています。


宴会船「第2そよかぜ」お風呂に入る前に、ホテルの周辺をぶらっと散策などいかがでしょう。
ホテル前の常陸利根川に係留されている船は、潮来ホテルの持ち物で「第2そよかぜ」という名の宴会船です。
第1そよかぜは、取材日にはリニューアルのため造船所に行っているところでした。
船室はお座敷宴会に、船上はビアガーデン風になっていて、この船を使った宴会プラン企画の際にも一度来てみたくなっちゃいますね。


あやめ祭りの頃のあやめ園ホテル前に広がっている「潮来あやめ園」は、6月のあやめ祭りの頃は、こんな風に一面にあやめが咲いて見事です。
花が無いときでも、あやめの葉の緑の間をぬって続く散策小道を川風に吹かれながら、そぞろ歩くのはなかなか乙なものです。
ホテル前から北方面に続くあやめ園を歩いて行くと、


水郷巡りの観光船すぐ前の「前川」を行く水郷巡りの観光船が見えたり、上の写真の奥の方に見えている太鼓橋の下に、


潮来の伊太郎像かの有名な「潮来の伊太郎」さんの像が建っていたりします。


水郷の船太鼓橋の上からは、水郷を行き来する観光船(なかには娘船頭さんもみえますよ)が望めます。


脱衣場側からの展望大浴場
さて、そろそろホテルに戻ってお風呂としましょう。
本館4階にある大浴場は、男性用の「麗峰」と女性用の「茜」となっています。
男性用の麗峰は、脱衣場からすでにこの眺めになっています。
※女性用の茜は、ガラス窓の下半分が不透明だということですのでご安心くださいね。


夕日の大浴場夕方の御入浴なら、お天気さえよければこうして、常陸利根川(この下流で大利根川に合流しています)に沈む夕日が眺められます。


風呂からの眺め見晴らしは本当によく、「常陸川水門」や遠くに国道51号の「潮来大橋」(…さらにはその向こうの「霞ヶ浦」)が望めます。

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B440 水郷潮来

香取神宮の森閑と小江戸佐原の楽しい散策 …B440 水郷潮来の旅(1)

B440 水郷潮来 | 日曜日 7月 15 2012 6:53 PM |

赤鳥居
東京スカイツリーを車窓に見つつ(2日目にゆっくり見物します)、バスは一気に東関東自動車道の佐原香取インターから、香取神宮の駐車場へ到着。
最初の立ち寄り地「香取神宮」は、出雲の大国主命の国譲りを実現させた経津主大神(フツヌシノオオカミ)を御祭神とした国家鎮護の神社で、昔から多くの参詣人を集めています。
バスが着いた駐車場から、この朱塗りの鳥居までは門前商店や地元の人々の露天の賑わいが続きます。


参道の商店や露天(フリマ)
その商店や地元の人がやっている露天(というよりフリーマーケット)の並び。
商店は食べ物屋や土産物店で、露天は骨董類やリサイクル衣料などなどで、観光客だけでなく、地元の方もひやかしに来ている感じです。


石灯籠の立ち並ぶ参道賑やかな門前市を過ぎ、朱塗りの鳥居をくぐると、辺りは森閑とした森の参道に変わります。
氏子たちの奉納した様々な時代の石灯籠が、左右に続く神域の空気に、私たち観光客も自ずと心が穏やかに静まるようです。
石灯籠は全て同じデザインで、神鹿の姿と、恐らく鹿の口の辺りを拡大したレリーフの模様になっています。興味のある方は、よくご覧ください。


石の鳥居いわゆる、昼なお暗い参道を歩いて行くと前が開けて、石の立派な鳥居が建っています。
その向こうに見える赤い門は「総門」です。


楼門総門をくぐって、少し行くとある壮麗な門が「楼門」です。
楼門は、本殿と同じ元禄13年の建立で国の重要文化財で、香取神宮のシンボル的存在です。
右大臣、左大臣の彫像や、楼上に掲げられている額が、かの東郷平八郎の書なのだというように、見るべきところの多い門です。


拝殿、本殿は桧皮葺の葺き替え中楼門をくぐると「拝殿」「本殿」があります。
ちょうど取材の時が6月だったので「夏の大祓(オオハラエ)」の輪くぐりが設置されていました。(※6月と12月の年2回)
また、残念ながら拝殿、本殿は桧皮の葺き替え工事中でした。
香取神宮は『神宮』の称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を持つ格式の高い神社で、奈良の春日大社、宮城の鹽竈(シオガマ)神社を始めとして、香取大神を御祭神とする神社は全国各地に及んでいます。
参拝は、家内安全・産業(農業・商工業)指導の神・海上守護・心願成就・縁結・安産の神様として祈ります。


佐原マップ
香取神宮から、少し走るとバスは古い街並みの残る「小江戸・佐原(サワラ)」に着きます。
こちらで自由散策になっていますので、まずは小江戸の面影を残す「小野川」周辺と、
その川に交差する形に通っている道路(「忠敬橋」のところ。橋から右の三菱館から、左端の法界寺までの道)を中心にご覧ください。


虎屋と紀の國屋真ん中の大きな通りは、こんな感じです。
古い洋風な建物と和風な店などが並んでいて、この「虎屋」さんとか「紀の國屋」さんのような店もあります。
上のマップの右端の「三菱館」は観光対応しているので、行ってみる価値はありそうです。


東薫醸造元一部の方(お酒のお好きな方)にお薦めなのが、忠敬橋から左、虎屋、紀の國屋さんの先を「法界寺」に向けてどんどん歩くとある「東薫醸造元」です。
造り酒屋さんで、常時工場見学ができ、なおかつお酒の試飲即売(つまみの佃煮などお値打ちなものがあります)をやっています。


佐原・小野川川べり散歩大きな通りと交差している「小野川」の両岸は、江戸時代の風情が残る佇まいで、利根川を使って米屋特産物の水運で興隆した佐原の特徴がよく出ています。
写真の若い人たちはレンタルの明治時代の服装なので、さらに雰囲気が増しています。
また、前の橋が「樋橋(トヨハシ)…別名ジャージャー橋」で、対岸の建物は「伊能忠敬旧宅」です。


伊能忠敬記念館江戸時代中期に実測の正確な日本地図を作った「伊能忠敬」は、この佐原の出身で50才の年に、江戸に出て本格的に勉学に励み、55才(当時では老齢の)から17年間に渡り、歩いて全国測量を行いました。
「ジャージャー橋(桶橋)」の架かる小野川の通りからちょっと入った小道の先に、その人物像や業績を展示した、写真の「伊能忠敬記念館(入場料500円別途)」があります。

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