健康的!湖東三山と永源寺の紅葉満喫 …C929 紅葉の名刹日帰りの旅

C929 紅葉の名刹 湖東三山と永源寺 | 木曜日 10月 21 2010 10:14 AM |

西明寺の不断桜

湖東三山と永源寺の紅葉を訪ねて回る日帰りバス旅は、健脚向きのコースですが、思い切って出かけてみれば山の空気が美味しい紅葉見物の旅です。
入口からすぐ近くにある有名な「不断桜」は、樹齢250年と云われる古木で、例年9月上旬に咲き始め、11月には満開になるので、紅葉の時期に同時にお花見まで楽しめます。


西明寺境内図まずは一番手「西明寺(サイミョウジ)」の境内図です。
天台宗龍應山 西明寺は、平安時代(834年)に創建され、平安、鎌倉、室町の三時代を通して隆盛を極めていたお寺です。

織田信長の叡山焼き打ちの時にも、「本堂」「三重塔」(いずれも国宝)「二天門」(重文)は焼け残って現存しています。


蓬莱庭最初にある「蓬莱庭」は、江戸時代初期に作られた池泉観賞式の庭園で、「鶴亀の蓬莱庭」と名付けられています。

鶴や亀を形どった石組みや、本堂に祀る仏像を立石群に象徴させ、山の傾斜などを巧みに生かした、調和がとれた庭園です。
写真は、庭園から本堂に上る裏参道に上りかけから振り返って見た景色になります。


二天門その蓬莱庭の裏山からではなく、表参道のかなりきつい石段を登っていくと、大きな門が建っています。

重要文化財の「二天門」は室町時代の建築で、二天(持国夫、増長天)が寺を守っています。表道両側の石垣は穴太積の、初期の頃からある石垣です。


本堂二天門をくぐると、目の前に「本堂」がどっしりと存在しています。
国宝第一号指定の本堂は、飛騨の匠が、釘を1本も使用しないで建てた鎌倉時代初期の建立です。

屋根は桧皮葺で、かえるまた、吹寄せ菱格子欄間(ランカン)等の様式の鎌倉時代を代表する純和風の建造物です。


本堂横の三重塔その本堂から右側に美しい「三重塔」がそびえています。
三重塔も鎌倉時代後期建立で、本堂と同じく飛騨の匠が、釘を1本も使用しないで建てた総桧の塔です。

一層には一面に巨勢派の極彩色の、八天画、法華経の絵説き、八大龍王、三十二菩薩、花鳥などの絵が画いてあります。
本堂も、三重塔も楓の木々に彩られた秋にはさぞかしと思われる風情です。


金剛輪寺境内参拝図西明寺の紅葉狩りと参拝を終えるとバスは次の三山二番目の訪問先「金剛輪寺」に向かいます。

このお寺は、観光バスを参道の中間くらいまで乗りいらせてくれているので、それだけでも有難い(?)気持ちにさせてくれるでしょう。
この金剛輪寺は、奈良時代の中頃(741年)に聖武天皇の勅願で行基菩薩によって開山されました。


千体地蔵国宝の本堂を始め、三重塔(鎌倉時代)、二天門(室町時代)も国指定重要文化財で、桃山時代から江戸時代の中期にかけて造られた庭園は近江路随一といわれ、国の名勝にも指定されています。

写真は、参道の最終部分「地蔵堂」あたりに立ち並んでいる「千体地蔵」です。


二天門千体地蔵の並ぶ石段を上ると、やっとゴール寸前の「二天門」が見えます。

二天門は、本堂より遅れて室町時代の中頃に建立され、八脚門ともいわれ当初は楼門だったのですが江戸時代中頃に二階部分を取り壊し、現在の一重の門にしたと伝えられています。


金剛輪寺本堂元寇の役の戦勝記念として、時の近江守護職・佐々木頼綱によって建立された現在の「本堂」は、鎌倉時代の代表的な和様建造物として国宝に指定されています。


三重塔本堂の左奥の裏山にある「三重塔」は、待龍塔とも呼ばれ、古文書によれば寛元4年(1246)4月9日の記があり国宝の本堂より40年余り先に建立されたということです。


金剛輪寺紅葉の三重塔その三重塔の秋の景色がこちらの写真です。

緑の楓も風情はありますが、やはりこの豪華さは秋のバスツアーならではですね。
金剛輪寺さんのギャラリーからお借りしたものです。


百済寺境内図続いて三山の三番目「百済寺(ヒャクサイジ)」になります。

天台宗釈迦山 百済寺(ヒャクサイジ)の起源は、聖徳太子と当時の朝鮮にあった百済(ハクサイ)から日本に来た高句麗(コウクリ)僧の慧慈がこの湖東の地に来た際、

上半分の幹を百済の「龍雲寺」の本尊十一面観世音菩薩像の素材として切られた杉の木を見て、聖徳大使が根の付いたままの下半分の幹に十一面観世音菩薩像を彫られたのが、約1400年前の606年10月21日だったと云うことです。


本坊の門百済が「くだら」と発音されるようになったのは、おそらく白村江の戦(663年)後に天智天皇が大量の百済人を近江に受入れた奈良時代の始まりの頃だと推定されているようです。

それ以前に朝鮮にあった百済は、元の名を「伯済(ハクサイ)」だったようですが字の印象を変えるため百済にしたようで、はくさい→ひゃくさいが正しいのでは、と百済寺のHPにありました。

写真は、上の境内図の駐車場近くにある「本坊」の門です。
この門の中に本坊の建物と、名園があります。


紅葉の百済寺庭園本坊「庭園本坊」は、東の山を借景として山腹を利用し、大きな池と変化に富む巨岩を配した池泉廻遊式の庭園で、別名「天下遠望の名園」と称されております。

この紅葉の庭園の写真は、百済寺公式サイトからお借りしたものです。


仁王門お庭を観て少し体力を回復したら、石段を登りましょう。
そして、やっと見えてきた「仁王門」は、それだけの値打があります。

百済寺の仁王門は、本堂と同じ年代に建立されたものです。三間二間で一対の金剛力士像が向きあっています。
その正面につり下げられた一対の大草鞋に触れると、身体健康・無病長寿のご利益があると昔から言い伝えられています。


本堂江戸時代の1650年に現在ある「本堂」が竣工しました。それ以前のの本堂は現在より少し山手の広大な台地に、金堂と五重の塔があったと言われています。※境内図をご参照ください。

本堂内部には、外陣と内陣とに引違格子戸を用い、内陣の厨子には秘仏本尊の2.6mもある十一面観音立像(平安時代)が安置されています。


弥勒菩薩像往きにもあるのですが、一心不乱(?)に上っているため、なかなか気付かない「弥勒菩薩の石像」が木立の間で静かに瞑想されている姿は、百済寺の本堂制覇を成し遂げたからこそ心に沁みる(?)ようです。

取材時はまだ緑だった楓が、見事に紅葉しているところを想像すると、ぜひまた観たくなる心落ち着く景色です。


永源寺総門さあ、最後の目的地「永源寺」です。

臨済宗永源寺は、南北朝時代の1361年に寂室元光禅師によって開山し、瑞石山(飯高山)と愛知川(音無川)の山中に、静かに佇んでいます。

写真は、川を渡る橋から始まる「羅漢坂」をかなり上った頃に現れる「総門」です。


永源寺マップここでも「境内案内図」が活躍します。

参道の途中にもあるので、現在位置と残りエネルギーの計算に使いましょう。
上の総門と次の写真の「山門」が近接しているのが特徴です。


山門重文の山門は、1795年から7年の歳月を費やして1802年に完成したものです。

桜上に釈迦牟尼佛・文殊菩薩・普賢菩薩並びに十六羅漢が奉安されています。


茶所前山門をくぐると、今までの三山とは異なる、京風の寺院の佇まいが現れます。

茶所の前の参道もしっかり楓に囲まれ、秋の紅葉がさぞかしと偲ばれます。
ちなみにこのお寺に入る前にある土産物屋さんにも、ここにも名物の¨赤いこんにゃく”があるので、お土産にどうぞ。
しっかり美味しいこんにゃくでした。


永源寺本堂前「方丈(本堂)」は、1361年)佐々木氏頼が創建したものです。しかし度重なる兵火、火災により消失し井伊家の援助により現在の建物が建立されました。

屋根は国内屈指の葦葺きで、正面には本尊、世継(ヨツギ)観世音菩薩が安置されています。


その奥「僧堂」に向かう道方丈(本堂)前の庭園や鐘楼も見事ですが、さらにその奥に向かう石畳の道を辿って「僧堂」にまで行くことができますので、最後に残しておいたエネルギーをお使いください。

どうもお疲れさまでした、でも清々しい紅葉狩りのバス旅ではあります。

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C929 紅葉の名刹 湖東三山と永源寺
※お電話の際、「バス旅ガイド」で見たと係員にお告げください。