(東)大寺+興(福)寺の大伽藍を誇る「東福寺」-2

京都紅葉「東福寺」 | 土曜日 10月 31 2015 3:50 PM |

01 272三門の向こう本堂
紅葉の豪奢だけではありません。
摂政・九条道家が、奈良の東大寺、興福寺に勝るとも劣らない大寺院をと、「東」と「福」の字を取り、1236年から19年を費やして、京都最大の大伽藍を造営したのが、この臨済宗大本山「慧日(エニチ)山・東福寺」です。

しかし、度重なる兵火と1881年(明治14)の失火で仏殿、法堂、庫裏などを焼失したものを、逐次再建して現在の壮観があります。

写真は「三門」と、その奥に「本堂(仏殿」が見えているところです。


通天橋前回の「境内図」をご参照頂くと分かり易いのですが…。

京都五山の一つとされ、「東福の伽藍面(ガランヅラ)」とまでいわれた壮観を誇る中央部分は後半でご案内として、山に延びていく「通天橋」から奥の部分を訪ねてみましょう。


開山堂通天橋の終点にあるのが、この「開山堂」と「普門院」です。ここに見られる開山堂庭園は、江戸時代初期から中期に作庭されたとされる枯山水式庭園です。

「開山堂」の祀堂には、開山国師像が安置され、上層の珍しい楼閣建築の「伝衣閣」は、金閣、銀閣、西本願寺の飛雲閣、大徳寺塔頭芳春院の呑湖閣と並び京の五閣とされています。


普門院また、開山堂の西側にある「普門院」は、かつての普門寺の名称を引き継いだ寝殿造風の建物で、三室に仕切られている内部には、花鳥草花や唐人物を主題とする襖絵が74面描かれています。


再び通天橋を見ながら愛染堂へ開山堂から、今度は通天橋を外側から見ながら、愛染堂に向かいます。


愛染堂「愛染堂」は、南北朝時代の朱塗り柿葺きの八角円堂の建築物で、愛染明王を祀っているので、その名が付いています。

元は別の塔頭の建物であったものが、室戸台風で破損したため、こちらに移設されたものだということです。


東征戦七之碑への道実は、偃月橋を渡った先にある国宝の「龍吟庵」の隣りにある「即宗院」のお庭を拝観して、黄葉に誘われて少し歩くと『薩摩藩士 東征戦七之碑』という案内板があり、山中に踏み入るコースがありますが…。

確かに、幕末の頃の京が経た歴史の痕跡がありますが、広い東福寺の境内散策を考えると、よほど造詣があるならば、ということでお奨めはできない探索でした。


庫裡ということで、メインの伽藍が散在する広場に戻ります。

写真の大きなたてもの「庫裏(クリ)」は、住職の居住する「方丈」を支える台所機能を持つ建物です。

東福寺では、名庭として有名な東西南北の四庭から成る「方丈八相庭」の入口にもなっています。


260 経蔵庫裏の向かい側、禅堂の北に配置されている「経蔵」は、経典を納める建物で、経堂、経楼などとも云います。


本堂と禅堂「禅堂」は、南北朝時代建築の重要文化財で、参禅の道場としては、現存する最古最大の建物と云われています。


本堂(仏殿)大層立派な「本堂(仏殿)」は、昭和9年築の重層入母屋造の大建築物です。

天井に描かれている「蒼龍図」は、京都の日本画家・堂本印象の作です。


三門そして、この壮大な東福寺境内の要とも言えるのが、この現存最大最古の「三門」です。

「三門」とは(三解脱門の略で、迷いから解放されるための『空・無相・無願』の三つの門を象徴して)いる門です。後に山に修業の場を求めた禅宗では「山門」と呼ぶようになります。

◆写真は全て、2008年12月4日撮影のものです。

京の紅葉風情を三つの橋から愛でる「東福寺」の錦秋-1

京都紅葉「東福寺」 | 土曜日 10月 31 2015 12:14 AM | Tags: , , , ,

東福寺に向かって歩く
京都駅から東北の大文字山の麓にある「永観堂」に対し、京都駅から南東の鳥羽にある「東福寺」も、京五山のひとつとして、また紅葉名所として名高いお寺さんです。

目的地に観光駐車場が無いので、バスは道路脇(府道143号)にさっと停車して、私たちを慌ただしく降ろすとすぐ発車します。
そして、大勢の観光客と共に、列をなして「東福寺」に向かうことになります。


東福寺境内図東福寺さんの境内図を拝借して、位置関係をご案内すると、図の左上の「退耕庵」の前を通って、「龍眠庵」のところから下に真直ぐ下りるように進みます。


 臥雲橋すると、この「臥雲橋(ガウンキョウ)」が、目前に現れます。


臥雲橋から通天橋を望む東福寺の三名橋の壱「臥雲橋」から、紅葉の奥によく似た形の「通天橋」が望めます。


081臥雲橋から洗玉澗の紅葉を見る橋の下を見れば、洗玉澗(センギョクカン)と名付けられた渓谷に、また鮮やかな(と言っても撮影時期が12月初めなので、11月下旬のピークはもっと凄いはず!)黄紅葉が広がっています。


通天橋入口の受付所臥雲橋を渡り切ると、東福寺の本堂や経堂、通天橋の入口のある広場に出ます。

なにしろ大勢の観光客が皆ここに集まるので、「通天橋」に無闇に通すわけにはいかず、この受付所で通行許可スタンプをもらうのです。


通天橋最初に見る紅葉渓谷に架かっていた臥雲橋とは異なり、「通天橋」は地面までの高さがない部分も多く、一見、屋根付の渡り廊下のようです。

この紅葉は、通天橋を渡り始めた辺りの橋の外の様子です。


通天橋2先ほどの燃えるような紅葉もあれば、このような黄橙の楓もあって、その彩りの美しさに息を呑む、というのはこう云うことかと、思えるようです。


横を見ると行けども行けども、見飽きない紅葉、黄。
そして、なおも奥深く続く綾錦の中に遊ぶ人影。

この東福寺を造営するとき、庭や山に桜を植えて名物にしようという案が出た時、桜は浮き浮きして修行僧の邪魔になるから、秋に美しい楓を植えたという話も、なるほどと思えます。


通天橋途中の景色紅葉の間に見える大伽藍の屋根も、秋の陽に映えて東福寺らしさが満喫できるというものです。


通天橋は、途中で庭面に出られますこのように、地面と近い処では、外にちょっと出られるようになっている所もあります。

これはという名木をバックに、記念写真を撮るのも一興でしょう。


通天橋の眺めもちろん、こうした橋らしいところもあります。

元々、この通天橋も、洗玉澗の渓谷を修行僧が渡るのに難儀をしているのを見かねて架けた橋なので、こうした箇所も多々あるのです。


散り紅葉紅葉の遅い自分に行くと、こうした散り紅葉の風情もまた楽しめるもの、それにしても奥が深い、計算された美しさではありますね。


偃月(エンゲツ)橋通天橋からの眺めを拝観し終えると、本堂やそのほかの伽藍のある広場に一旦戻るのですが、さらに「境内図」の右上あたりにある国宝「龍吟庵」に渡る、三名橋の参番目「偃月橋(エンゲツキョウ)」があります。

ちょっと伽藍の集合している辺りから離れているせいか、観光客の姿もやや少なめになります。


偃月橋の眺めこの橋は、三ノ橋渓谷に架かる単層切妻造・桟瓦葺きの木造橋廊で、1603年に再建され、1967年に重要文化財に指定され、日本百名橋にも選ばれている橋です。

※東福寺の伽藍、塔頭については次回のご案内とします。

◆写真は全て2008年12月4日に撮影したものです。