世界遺産になった幕末の製鉄所「韮山反射炉」をじっくり見学できます

韮山反射炉
「韮山反射炉」と言うと、日本史教科書の幕末頃のページで見たかな…?という方が多いのでは。

また、そこからの連想で「江川太郎左衛門」という人名を思い出した方もいるのかも。

しかし、なぜ反射炉というのか、なにを作っていたのか、となると明確には答えられないのではないでしょうか。

そこで今年7月、念願の世界遺産登録がなった「韮山反射炉」をご案内しましょう。

(※写真はまだ正式決定される前の、昨年12月に撮影。大きく写っている建物は「案内所」)


韮山反射炉2こちらが、場内の入口です。

入口のそばに立っている銅像が、反射炉製作を担った韮山代官の「江川太郎左衛門(英龍)」です。

ちなみに反射炉の完成は、着工から3年半後に、息子の「江川英敏」によって成されました。


反射炉に接近この反射炉は「連双式」と言い、2つの溶解炉があるものを2基、直角に配置した形になっています。

4つの溶解炉を同時に稼動させることにより、より大型の大砲を鋳造しようとしたものです。


露の中にある説明板上の反射炉の根元の、2つ並んだ四角な部分「焚所風入口(タキショフウニュウコウ)、灰穴」の中に、この説明板があります。

太陽光で見にくいかと思いますが、要するに上の「焚所」で燃やした燃料の灰が、ここに落ちるようになっている、という説明です。


炉体こちらが、見やすく取り出されている「炉体」です。

反射炉の「反射」は、炉内の上部がドーム状になっていて、炉で燃やした熱が反射して高温になり、より効率的に銑鉄を作り出せる構造からきています。


炉内構造の解説板そのあたりのことが、そばに設置されている「解説板」に図説されています。


蓮双式反射炉が2基直角に配置反射炉の裏側に回り込むと、このように「連双式の溶解炉」が、2基直角に配置されているのが、よく分かります。


展示大砲と石碑場内には、反射炉のほかに、製造物である24ポンドカノン砲が展示されています。


大砲のアップカノン砲とは、長い砲身により、遠距離の目標を低い弾道で攻撃できる大砲で、ここで量産したカノン砲は、江戸湾防衛のために配備されたということです。

なお、展示されている大砲は、江川家に伝来する設計図も基に、地元の鋳造所で近年に製造された再現物とのことです。


案内所の資料室案内所内は、このような資料室になっているので、歴女・歴男の皆さまは、詳しくご覧頂けます。


昔の用地図例えば、このような当時の場内配置図と、眼前の景色を見比べるのも一興かと。


江川太郎左衛門英龍の像最後に、見送って下さる江川太郎左衛門さんですが、韮山代官を代々務めた江川家の第36代当主の英龍さんで、始祖は中世に遡るこの地の名家なのです。

つまり、江川家当主は常に「江川太郎左衛門」を継ぎ、後に着く名で本人を表しているということなんです。(~勉強になりました)

◆写真は全て、2014年12月18日撮影のものです。