相倉合掌造り集落をのんびり散策
世界文化遺産の「白川郷・五箇山合掌集落※」のひとつ「相倉(アイノクラ)合掌造り集落」は全37棟、うち合掌造りの建物が新旧民家と寺、道場、合掌小屋を合わせて21棟の小規模な(それだけに昔の名残のある)集落です。
(※相倉・菅沼・白川郷荻町の3地区から成っています)
合掌造りの建物のうち、人が住んでいる民家は11棟で、空家が10棟と言われています。
昔の日本の山村生活を今に見られる観光地ではありますが、現在もそこで生活が営まれている場所なので、そのあたりを気遣いながら、ゆっくり気分で散策させて頂きましょう。
国道304号の相倉口バス停から南へ500mほど入った処が「相倉集落」の観光駐車場になっています。
駐車場のところに1軒土産物屋さん(相倉屋)がありますが、後で寄るとして、とりあえず道筋を辿って集落の中心部にある広場に行ってみましょう。
それから、駐車場の奥にある石垣の上には、「秋篠宮様ご歌碑」広場がある(階段もあります)のですが、
まずは目の前に延びているこの道を辿って、集落に入っていきましょう。
集落の散策は、こちらの「世界遺産 相倉合掌造り集落 保存財団」さんのHP内にある「観光情報」→「観光マップ」の一部を切り取らせて頂いた、この「部分マップ」で道筋を辿ることにしましょう。
駐車場前の道を少し歩いて行くと見えるのが、明治初期に建てられた「勇助」です。
こちらは、1日1組のお客さんをもてなす民宿を営んでいます。
その勇助の向かいにあるのが、ほぼ同じ幕末頃に建てられた、郷土料理自慢の民宿を営んでいる「庄七」です。
このように、切妻屋根の建物の山形部分に出入り口がある家が「妻入り」、勇助のように長方形側に出入り口がある家は「平入り」と呼ばれ、相倉集落は他の2集落に比べ「妻入り」が多いのが特徴だと言われています。
その先を見ると、お食事と土産物屋さんの「まつや」が見えます。
茅葺き屋根の多いこの地区も、他の2地区と同じく、消火栓が様々なところに用意されています。
次に見えるのは、先ほどの「庄七」さんがやっている土産物屋の「庄八」です。
土蔵造りのこの建物は、よく目立つので散策の我々には目印として役立つでしょう。
「庄八」の筋向いが、先ほど見えていた茶店の「まつや」です。
散策するより、昔ながらのこの雰囲気を、お茶でもすすりながら、じわっと味わいたい方にはお奨めのお店ではあります。
お土産物売場は、こんな風に雑然と郷土玩具風の商品が並んでいますが、そこがまた、昔懐かしの駄菓子屋さんのような雰囲気で、ちょっと覗いてみたくもなる店内でしょう?
「まつや」と「庄八」のところで、道を直角に折れると目にする風景がこちらです。
『国指定史跡』とある石碑の奥に見えるのは、平成になって造られた物置小屋の「原始合掌造り小屋」です。(元は住居で、江戸時代にはこのような立て方をされていたそうです)
マップで、さらに奥にある「ふるさとセンター」は、青少年のための研修施設です。
「原始合掌造り小屋」の奥にある「三五郎」も民宿で、こちらは昭和7年の建築ということで、相倉では比較的新しい合掌造りです。
ちょうど撮影時(2011年10月24日午後12時頃)には、晩秋の庭先に、こうして小豆や豆が天日干しされていました。
また、きれいな山の水が、このように溜められ、山菜が網袋に入れられて水に浸されていました。
こうした、山村の日々の営みを目にして、旅心を満喫させてもらえるのも、我々観光客のちょっとした喜びと言えるのでしょう。
マップ内の「(10)まつや」「(6)五ヨ門」の前の道を、「相倉民俗館」に向かって歩く道から見た「与茂四郎」(明治以前建築)前の細道を歩く人々です。
こんな風に、足の向くまま気の向くままに歩く〝散策〟っていいもんですねぇ。
その先にある「相倉民俗館1号館」。
こちらは(旧)尾崎家の住宅そのままの状態で、民俗資料などが展示されています。(入館料200円)
そして、その先に、道から左に折れる細道を入ると「相倉民俗館2号館」があります。
こちらは、相倉伝統産業館と位置付けられ、(旧)中谷家住宅に「和紙生産資料」が展示されています。(入館料200円、1号2号共通券350円)
民族資料に興味のある方は、まず1号館2号館を目指して、帰りに土産物など見ながら駐車場に戻るのがよいでしょう。
◆2011年10月24日撮影の写真にて構成しました。