高野山の荘厳な佇まいに心洗われる …B587 信貴山温泉の旅(4)

中の橋から「奥ノ院」への入口
浅野家墓所2日目の観光コースは、かつて女人禁制だった聖地「高野山」の拝観です。(明治37年に解禁されているので女性陣はご安心を)
高野山は「一山境内地」と云い、山の至る所がお寺の境内地だと考えられています。
山内に点在するお寺「塔頭寺院(タッチュウジイン)」は、117ヶ寺あると云います。
今回は、その中でも最も重要な、開祖・弘法大師空海が眠る「奥の院」を、中の橋から参拝するコース(約1㎞を30分くらい)から始まります。
上の写真の入口からしばらくは、様々な企業や団体・個人のお墓が並ぶ明るい参道ですが、途中から大きな杉の森に入り、左の写真の「浅野家墓所」や、豊臣家、徳川家等々の墓がある、深い歴史を感じる参道です。


御供所ずっと、昼なお暗い杉の大木の間を歩いていくと、やがて開けた処に出ます。
ここ「御供所(ゴクショ)」は、「御廟(ミミョウ)」で入定(ニュウジョウ=生きて禅定に入っている)しているとされる弘法大師の食事を作っている場所です。
写真手前の建物は「護摩堂」で、その右隣が「御供所」で寺務所も兼ねていて、お守りなどを売っています。
また、そばに数体の「水向地蔵」もあり、水をかける人で賑わっています。


御廟の橋その御供所の先、玉川にかかる「御廟(ミミョウ)の橋」を渡ると、後は「奥の院」にまっすぐです。一番奥にちらっと…。
橋の石板の数は36枚だそうで、さらに橋そのものを1枚と合わせて、金剛界の三十七尊を表しているとか。
ここから先は聖域中の聖域なので、写真撮影は禁止されています。


一の橋観光センター
奥の院に参拝してから、奥の院参道の本当の入口「一の橋」のすぐそばにある「一の橋観光センター」で昼食休憩となります。


昼食会場2階の昼食会場でお昼を頂いたら、1階のお土産売り場を見て歩くのが結構興味深いかも。
仏教関連の様々なお土産がありますよ。


金剛峰寺入口
真言宗は、弘法大師・空海が平安時代初期に大成した真言密教の教えを教義とする教団で、その総本山がこの「金剛峰寺(コンゴウブジ)」です。
※密教とは、この世界やさまざまな事象の深い意味(隠された秘密の意味)こそ真実の意味であり、それを知ることのできる教えとされています。


正門豊臣秀吉公が亡き母の菩提を弔うため、木食上人(モクジキショウニン)に命じて建立した寺で、以前は「青厳寺(セイガンジ)と云いましたが、明治になって現在の「金剛峰寺」と改名しました。
それらの故事を表しているのが、写真の「正門」に掲げられている寺紋です。
豊臣秀吉公より拝領の「五三の桐」と、高野山鎮守の「丹生都比売神社」の定紋「三頭右巴(サントウミギドモエ)」の二つが金剛峰寺の寺紋になっています。


金剛峰寺 正門を入ると、金剛峰寺の「主殿(=本坊)」をはじめ、奥殿、別殿、新別殿などが並んでいます。
主殿(一番左)の檜皮葺の屋根には、防火用の天水桶が置かれています(はしごも常時立てかけられているようです)。
隣の「大玄関(高貴の方用)」のさらに隣の「小玄関(一般用)」から上がって、広い寺内の見学となります。


新別殿襖の絵から名付けられた「梅の間」や「柳の間(秀次自刃の間)」などを拝見しつつ(もちろん撮影禁止)、歩を進めます。
少々歩き疲れた頃、昭和59年(1984年)の「弘法大師御入定・1150年御遠忌大法会」の際、大勢の参詣者への接待所として新設された「新別院」の大広間でお茶を頂きながらちょっと休憩することができます。
91畳と78畳の二間あり、仕切りを外すと169畳の大広間になります。


蟠龍庭新別院から再び寺内見学をしていると出会うお庭が「蟠龍庭(バンリュウテイ)」です。
同じく、弘法大師御入定1150年・御遠忌大法会の際に造園されたもので、2,340㎡の石庭は、国内最大級だということです。


二石釜と台所台所は、寺内見学コースの最後にあり、写真の一番奥の方から入ることになります。
この写真は、最後に振り返って撮ったもので、手前の大釜は「二石釜」といい、1つの釜で約7斗(98㎏)3つで約二石(280㎏)、2,000人分程のご飯を炊くことができたと言います。

◆このバス旅に参加してみたい方は、こちらへどうぞ↓
B587 信貴山温泉

都風、山の料理の趣向はいかが …B587 信貴山温泉の旅(3)

夕食フルセット
夕食会場の宴会場は、最近多い畳の上に、椅子・テーブルが並ぶ食べやすいセッテイングです。
そして、信貴山温泉は、奈良の都の山奥にあるんだと分からせてくれるような料理が並びます。
※もちろん、いつもの通り撮影用に、全部並べて頂いているので、こんなに一度には出ていません。


前菜お洒落な「旬の(パレット盛り)前菜」は、左上から「サザエのような巻貝とワケギのぬた」、中上「もち米の一口団子」、右上「赤コンニャクの胡麻和え」と推察。
左下「山の果物のゼリー」、中下「卵焼き」、右下「サツマイモと枝豆」と並んでいます。
どんな食材なのか、当てる楽しみのある前菜です。
皆さまが召し上がられる秋には、かなり内容が違っていると思います。


焼き物前菜の次に気になるのが、ガラス鉢の「野菜炊き合わせ」の上、天ぷらの左のベージュ色の長方形が載っている白いお皿でしょうか。
なんと、ベージュ色の長方形は薄い杉板なんです。
お料理名は「鰆西京焼きとホタテの杉板焼き」。それに酢蓮根と牛蒡のカツオ節和えが添えられたもので、山の香りと海の幸のコラボレーションが効いてます。
また、最初のセット写真の「天ぷら」の皿の赤い天ぷらは、紅生姜の天ぷらで、海老や魚(きす)に負けない美味しいものだったことを付け加えておきます。


牛ヘレ朴葉焼き気になる料理と言えば、卓上で火を使う料理でしょう。
「牛ヘレ(=ヒレ)朴葉焼き」が出来上がってくると、音と香りの主張がすごいのです。
大変柔らかいお肉が、ネギと甘めの味噌がベストハーモニーを奏でます。


デザート最後に、ご紹介したいのがこの「デザート」。
「鮪、サーモン、六甲イカ、湯葉」のお造りを始め、これまでご紹介した料理をビール(別注文)を頂きながら楽しみ、ご飯に茶わん蒸し、吸い物まで頂いていたにもかかわらず、別腹でいけました。
果物は薫り高い「小ゆずゼリー寄せ」、そして(私的には)本当に美味しい「ぼたもち」!
ぜひ、お試しあれ。


喫茶・ラウンジ「ふうちん」
夕食が終わったら、ラウンジ「ふうちん」で大人タイムもよいではありませんか。
それとも、もう一度お風呂に行くのもよいですねぇ。
ちなみに、お風呂は夜12時まで。朝湯は6時からとなっています。


朝風呂朝湯に行かれる方は、こんな感じでの~んびりできます。
男女の入れ替えはないので、昨夜のお風呂と同じですが、朝の光の中だとなんか違う気がするんですよね。


朝の露天風呂露天風呂は特にそうですね。
小鳥の声が聞こえてきますよ。


朝食お風呂に入ってすっきりすると、またまた食欲が…。
ということで、朝食会場に行くと、こんな朝食が待っています。
朝食セットの右上の小鉢は「イカソーメン」で、美味です。
また、真ん中上の「フレンチドレッシング」の隣の「わさびドレッシング」は超辛、なのでご注意を。


湯豆腐鍋特筆すべきは、セット左上の鍋。
「湯豆腐」ですが、おぼろ昆布がかかっていて、関西風のおだしは、さすが、と思わせるものがあります。
2日目の行程は、やはりよく歩きそうな「高野山」なので、しっかり朝ごはんを食べておきましょう。


みやげもの処さあ、忘れ物がないように、荷物をまとめられたら、ロビー辺りでバスを待ちましょう。
例によって、出発前にもう一度おみやげものをチェックしておきましょうか。
奈良漬けは、もう買われました?

◆このバス旅に参加してみたい方は、こちらへどうぞ↓
B587 信貴山温泉

信貴山朝護孫子寺の境内巡って温泉へ …B587 信貴山温泉の旅(2)

開運橋から見た信貴山観光ホテル
部屋春日大社、法隆寺の二大社寺を巡って、バスはいつもより早めのお宿到着となります。
お部屋に通されて、ほんのしばし(!?)くつろいだら、もうひと頑張りの「信貴山朝護孫子寺(シギサンチョウゴソンシジ)」に出かけましょう。
今宵のお宿「信貴山観光ホテル」からは、赤い「開運橋」を渡ってすぐに「信貴山縁起絵巻」で有名な、そのお寺があるのですから。
最初の写真は、その開運橋から見た「信貴山観光ホテル」の全景です。


世界一福寅
今から1400余年ほど昔、聖徳太子が物部氏を討伐に向かう途中、この山で戦勝を祈願をすると毘沙門天王が現れて必勝の秘法を授かりました。
その日が寅年、寅の日、寅の刻で、太子は戦いに勝利した後、自ら毘沙門天の像を刻んで寺を創建、信ずべし貴ぶべき山『信貴山』と名付けたと云うことです。
そのため、入口の「赤門」の手前に、こんな大きな「福寅」が飾られています。


境内図信貴山朝護孫子寺は、大きなお寺なので、まずは入り口わきの「境内図」をチェックしましょう。


千手院と参道の分かれ道赤門から入るとすぐに、この分かれ道があります。
右に行くとある「千手院」は、信貴山内で最も古い由緒のある寺で、信貴山寺を代表する住職の住坊となっています。
また、秋に見事に色づく、日本に2本しかない「千手の大イチョウ(仏手白果)・樹齢500年」があるのも右手の下り坂の途中です。
しかし、今は左手に続く石畳の参道を上ります。


多宝塔この「多宝塔」に行き着くまでにも、宿坊である「成福院」、「玉蔵院」や供養塔の「十三塔」などの見所がありますが、華やかさでは多宝塔が一番でしょうか。
大日如来を安置するこの「多宝塔」は、元禄2年(1689年)に建立、明治15年(1882)に修復されたものです。


霊宝殿写真奥の建物が、「本堂」の隣にある「霊宝殿(=宝物殿)・入館料300円」です。
ここには、国宝「信貴山縁起絵巻」のほか、信貴山の宝物が展示されています。
また、左に見える建物は「一切経蔵」で、ここの回転できる経厨子に、仏教のあらゆる法門の経典を集めた「一切経」が収められており、一回転させると、全て読んだのと同じ功徳があると云われています。


本堂霊宝殿の隣が「本堂」で、僧侶たちの朗々たる声量の「大般若祈祷」が毎日行なわれています。
ちなみに取材時(16:30頃)に、ちょうどそれが始まり、私はびっくりしました。


風呂入口
広い信貴山の境内を巡り、かなり足が疲れる方が続出かと思われますが、そこはよくしたもので、ホテルに戻ってくれば温泉が待っています。
男性用「月乃湯」、女性用が「星乃湯」といい、ほぼ同じサイズ・構造で、男女入れ替えはありません。
ホテルの1階にありますが、玄関・ロビー・フロントが3階にあるので、下に降りることになります。


大浴場こちらが月乃湯の大浴場です。
泉質は単純泉で、無色無味無臭ですが、メタケイ酸はかなり多く含有されている、疲れの取れる優しいお湯です。


露天風呂1大浴場から外に出ると、露天風呂になっています。
たぬきの湯船は「冷泉」となっていますが、夏場はぬるめの湯といった感じです。


露天風呂2景色を眺めながら、まったり湯に浸かっていると、今日回ったコースの歩数が多かったことが楽しく思い出されるのでは。
そろそろお腹が空いてきました。次回は、待望の夕食から始めましょう。

◆このバス旅に参加してみたい方は、こちらへどうぞ↓
B587 信貴山温泉

世界遺産の社寺、春日大社と法隆寺に参拝 …B587 信貴山温泉の旅(1)

春日大社参道
春日大社境内図今回のハニットアゼリアツアーは、奈良の“超”有名社寺を秋の行楽シーズンに訪ねる、日本の歴史美を味わうバス旅になっています。
(写真は8月取材撮影のものですが、皆さま各自で秋色にお染めください)
まずは、広大な奈良公園、東大寺のお隣「春日大社」に参拝となります。
駐車場にある境内図を参考に歩を進めましょう。
(図の赤い引出し線は「御祈祷所」と「夫婦大黒社」の情報ですが、画面サイズにより割愛しました)
最初の写真は、図の「表参道」あたりで撮ったものです。


伏鹿手水所「二の鳥居」をくぐって、すぐにあるのが写真の「伏鹿手水所(フセシカノテミズショ)」です。
よくあるのは、竜の口から手と口を清めるお水が出ていることが多いのですが、神様が鹿に乗って来られたというところから、鹿が親しまれている春日大社らしい手水所です。


夫婦大黒社春日大社には、摂社・末社として合わせて61社が、お祀りされています。
中でも「御本殿」の南側に位置する「若宮15社」巡りは、個性ある各社への願掛けに人気が集まっています。
特に、この「夫婦大黒社」では、恋の水占いで主に女性の方々の関心を、この奥にある「金龍神社」は運財運をお守りくださる後醍醐天皇ゆかりのお宮として、お金に関心のある方々(誰しも?)の信仰が寄せられています。


南門反対側には、朱色の回廊に囲まれた「御本殿」の南門があります。
20年毎に斎行される式年造替制度により、社殿や御調度の新調・修繕で、朱の柱、白い壁、檜皮屋根の本殿・社殿が往古と変わらぬ壮麗で瑞々しい姿を私たちに見せてくれています。


参拝所南門を入ると、さらに御本殿に近づくことのできる「特別参拝受付所(初穂料500円別途)」があり、そのまま拝礼する人のために、写真の「幣殿・舞殿」があります。
(幣殿の後ろに見えている巨木は「大杉」です)


本殿幣殿のあたりからは、本殿のごく一部が見えるだけですので、次の昼食場所への集合時刻に問題がなければ、中に入った方がよいでしょう。
春日大社は、約1300年の奈良開都と共に、(茨城県の)鹿島神宮から武甕槌命(タケミカヅチノミコト)を御蓋山(ミカサヤマ)山頂にお迎えしたのが創建と云われています。
その後、中腹となる今の地に壮麗な社殿を造営して、(千葉県の)香取神宮から経津主命(フツヌシノカミ)を、また(東大阪市の)枚岡(ヒラオカ)神社から天児屋根命(アメノコヤネノミコト)と比売神(ヒメガミ)の4柱をお祀りされています。


回廊御本殿を礼拝した後、『青丹(アオニ)よし』の言葉そのままの回廊を回って、1日目の昼食場所に向かいます。


昼食場所「神仙境」昼食会場は、回廊を半分ほど回ったところから近くの「神仙境」になっています。
こちらで、食事と春日大社参拝のお土産を探すことができます。


法隆寺
春日大社を後にしたバスが次に立ち寄るのは、日本最初の世界遺産「法隆寺」です。
法隆寺は、飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築として広く知られています。
推古天皇と聖徳太子が用明天皇のご遺願を継いで、推古15年(607年)に本尊「薬師如来」を造られたのが法隆寺(別称・斑鳩(イカルガ)寺)であると伝えられています。


金堂と五重塔を裏手から見るこの「金堂」と「五重塔」があるブロックは「西院伽藍」と呼ばれ、回廊で囲まれています。
中に入ると、法隆寺のシンボルといえるこの二つの建物と「大講堂」があり、この空間の中で建物と人だけが静かに向き合っているような効果を感じるでしょう。
写真は西院伽藍の「中門」の向かい側にある大講堂側から見た状景です。
金堂の中には入ることができ、レプリカではありますが、1400年の時を経た本物と同じ佇まいの仏像や壁画を見ることができます。


大宝蔵院西院伽藍を一通り見学して「出口」の表示に従って歩を進め、隣奥の「大宝蔵院」に向かいます。
この建物内は撮影禁止なので写真はお見せできませんが、ここにあの有名な「百済観音」が展示されています。
建物はロの字形になっていて、西宝蔵、百済観音堂、東宝蔵があり、これも有名な「玉虫厨子」や「夢違観音像」なども展示されています。


夢殿大宝蔵院の寺宝を見て、いったん敷地の外に出て、時代劇に出てくるような築地塀(ツイジベイ)の間を歩いて「東院伽藍」に向かいます。
こちらが、聖徳太子が亡くなられた後、遺徳を偲んで建てられたという八角形のお堂「夢殿」です。
中に入ることができ、中央に聖徳太子の等身と伝えられる秘仏「救世観音像」が安置され、所縁の仏像が周りに配置されています。
これらの施設の全てが法隆寺の境内で、187,000㎡の広さがありました。
この後は、今夜の宿泊先「信貴山観光ホテル」に向かいます。

◆このバス旅に参加してみたい方は、こちらへどうぞ↓
B587 信貴山温泉